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子供の長期休みに潜むあれに注意

こんにちは、夏休みも終わり平日の町はいつも通りに戻っていると思いながらまりを散策している孤犬です。そうもう9月なんですね。夏休みが終わってすこし寂しい。夏休みが終わる直前とか長期間休みが続くとやれなかったことへの後悔で憂鬱になったりするのは少し危険ですね?むしろ31日の宿題をやるのに必死でしたかね?

そんな楽しさと憂鬱さをはらんだ夏休み。それは、意外と恐ろしい魔の手も潜んでいる。夏休みの終わりの時期が近づくと何が増えるかあたは知ってますか?

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それはまさかの自殺だ。どうしてか、それは死ぬことは一番の現実逃避だと彼らは思っているから。いや考えたり思ったりしたくないから死ぬのかもしれない。
最近子供の自殺が取り上げられている。子供故の残虐性をいかんなく発揮した殺人事件なんかも報道されてますね。そしてその子供たちが集まる場所が学校という場所だ。そして、いつも学校側の対応が不十分だったと報道される。それは事実だが無理なものは無理。人間が人間を見ているのだから…。
人間が機械を見ているのとは違う。嘘もつくし恥じらいもある。それを30人近く見なきゃいけないのだから無理に決まってる。
考えて、自分の子供の嘘を見抜けるか?
何を本当に秘密にしているのか?
俳優の高畑祐太さんの事件で母親に性癖について記者が質問したが子供の性癖分かる?
子供だって人間だ。親にだって隠し事をする。それなのに他人の先生になんて言うかな?言えるかな?
そう考えると学校側を責めるなんてできない。

いじめといじりの違い

「世界中が君のレベルに落ちたらこの世の終わりだぞ」なんて某漫画でキャラクターが主人公に向かって言ったりしているが。これは、いじめじゃないよね。じゃぁバラエティー番組の執拗に同じ人をいじり倒すのは、いじめだろうか?それも何か違うようなきがする。では子供の執拗に同じ友達をからかうのは、いじめだろうか?これは、友達関係にもよるが大体はいじめでかたずけてしまって良いだろう。横暴だがこれは、たいていいじられた側は不快な思いをしていじった側は優越感に浸ることになる。

何が違うのか一番最初のキャラクターは、架空のキャラクターなので除外するが。バラエティーは、なぜ子供たちのいじりとは違うのか?それは、報酬があるのと関係しそうだ。それと計算されたテレビと言う所もだ。編集やカットを使用して良いと思った所を放送している。それが、リアルタイムで起こっている子供たちのいじりとバラエティーの違いだ。言わば、質が悪いのだ。

考えてみてはもらえないだろうか?一人の子供がもう一人を執拗にいじるところを。
では数分後いじられている子が言いったとしよう。「いじるなら次はもっと面白くしようと。」

これはいじめになるだろうか?ならないと思う。言わば、今現状で起きている子供たちのいじりは頭が悪い即興劇を面白いと思われたい人間がしているに過ぎない。だから遊びだったんだ。冗談のつもりだったのになんて言葉が出るのだ。

社会が子供を自殺に走らせる

学校、それは学び舎のこと。そして、親は執拗に子供を学校へ行かせたがる。なぜなのか?どうしてなのか?それは、子供の命より大切なものなのだろうか?だれもそれを考えない。いや考えたくないのか、だれも子供の死の責任なんて負いたくないのだ。だから学校を責める。「SOS」を生徒は出していたんだと。では親は?友達は?子供にもプライドや恥がある。
「僕は虐められています。」そんな、勇気があれば学校になんてとっくに行かずに好きなことを始めるはずだ。そうすれば虐められる心配もない。好きなこともできるし、いじめられながら授業を受けるよりよっぽど有意義だ。
私が言いたいのは、社会の意識が子供を危険にさらしているということだ。もう日本は裕福じゃない。一生懸命働いてもサラリーマンじゃ大金持ちにはならない。大企業でも生活に安定感が出るだけだ。大学のブランドは、就職までの足切要素でしかない。一時期の有利不利だけのためにいじめられながらでも学校に行くべきだろうか?
だから私は、虐められたら逃げろとそう言いたいのだ。

虐められている人へ

さすがに逃げて家に引きこもるだけの生活を進めてはいない。それではただ怠け者なだけだ。家でできることを見つけるのだ。家でだって勉強はできる。高認のためにだって勉強はできるのだ。人が恋しくなったら外に出て社会と触れ合えば良い。一度きりの人生なんだから、昼間からであるいたって全然いい。だから、虐められたら撤退しろ。態勢を立て直すんだ。戦術的撤退は、誰も責めない。責めてはいけない
我慢しろ、その嫌な思いが心を強くするなどと言っている人間が居たら無視しろ。心は治らないし強くもならない。ただ我慢しているに過ぎない。鬱は、心の風邪なんて言う言葉がはやったがあれは嘘だ。鬱は、粘土で作った茶碗をまた粘土に戻して治ったように見せているだけだ。決して治らないし決して同じ心ではない。いびつにゆがんだりひび割れたり、色が違ったりしている。だから、逃げろ現代医学じゃ心は直せない。

うつ病は治りかけが一番目が離せない。自殺とは、一番エネルギーが必要な行動だからだ。そう、夏休みが終わりに近づくと自殺が増える理由はそこにある。虐めや学校がないことで心が回復しエネルギッシュになった人間がまた地獄に戻りたくない一心で行動を起こすから自殺が増えるのだ。
だから長期の休みには、大切な人の行動を注視しよう。後悔は、できなかったことだけで十分だ。

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